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京の都桜巡り2010《龍安寺part.1》

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【撮影】2010/4/3 パナソニック Lumix GF1C パンケーキレンズキット

仁和寺からきぬかけの路を金閣寺方面へ歩くと龍安寺が見えてきます。
仁和寺とは違ってひっそりとしたお寺です。ここは石庭が見所です。
お昼も近くなったせいか観光客も増えてきました。

拝観券を購入してまずはお地蔵さんにご挨拶。
入口近くの桜はまだ満開とはいきませんが、きれい咲いてます。
中に入って少し奥の場所に、見事な枝垂桜が咲いていました(^^)

龍安寺の歴史

「龍安寺の石庭」として知られる枯山水の方丈石庭で有名な龍安寺は、禅宗が盛んだった室町幕府の管領、守護大名で、応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が宝徳2年(1450年)に創建した禅寺である。衣笠山山麓に位置する龍安寺の所在地は、藤原北家の流れを汲む徳大寺実能以来、徳大寺家の山荘であったところを、細川勝元が譲り受けたものである。初代住職として妙心寺5世住持の義天玄承(玄詔)を迎えた。龍安寺の開山は実質的にはこの義天玄承とされているが、義天自身は2世に退き、自分の師の日峰宗舜を開山に立てている。創建当初の寺地は現在よりはるかに広く、京福電鉄の線路のあたりまでが境内であったという。

龍安寺は、開基細川勝元自身が一方の当事者であった応仁の乱(1467-1477年)で焼失。勝元の子の細川政元と、4世住持・特芳禅傑によって長享2年(1488年)に再興された。寺では特芳を中興開山と称している。その後、豊臣秀吉と江戸幕府が寺領を寄付して保護している。

近世の地誌類によれば、最盛期の龍安寺には塔頭(たっちゅう、子院)が21か寺、軒を連ねていたという(現存するものは3か寺)。『都名所図会』のような絵入りの名所案内書(現代の旅行ガイドブックに相当)を見ると、当時、龍安寺の池はオシドリの名所として知られており、今日有名な石庭よりもむしろ、池を中心とした池泉回遊式庭園のほうが著名であったらしい。

寛政9年(1797年)の火災で仏殿など主要伽藍を焼失したため、塔頭の1つである西源院の方丈を移築して龍安寺の方丈(本堂)とした。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

コメント

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No title

さりげなく抑えるところ抑えるのはうまいなぁ

No title

壁際の一本の桜は中々綺麗ですね! ナイス!

No title

見事なしだれ桜ですね

No title

両側の桜の木…満開の中も歩いてみたいです♪

No title

一枚目のお地蔵さんの赤い前掛けが目に飛び込んで来て、あっかんべーかと思っちゃった!
罰当たり。。。(ll゚ω゚)